2000円の指輪
2024-10-13
普通に働いた1日だった。昨日は早く寝て、朝は9時くらいにまた工事の地響きみたいなもので起こされた。工事をしているのは三人の外国人だった。お風呂に入ってから9時40分くらいに始業した。始業はいつもと同じような時間だが、比較的健康的な朝だった。
今日はミーティングがいっぱい入っていた。朝に定例会議が二つと、夕方に評価面談とウェビナーと細かい業務説明のために設けられた会議があった。今日も仕事を受け取ることができた。前にやった作業のもう一個次みたいなタスクだった。1回目でもう退屈な業務とわかるような感じだった。プログラムをコピーして日付と連番だけ変える。テストの報告書も同じようにコピーして、同じようなテストを実施し、証拠写真を差し替える。それで形式的なレビューをもらう。同じことをクローンみたいに繰り返す。それでもファイルの名前が間違っていないかとか、結果が大きく変わっていないかとか、公開範囲が正しいかとか、レビューしやすいように変更差分が見えるようにできているかとか、細かい注意点はつきまとう。今はそれを波風なく片付けていくのが自分のすべきことであり全体最適でもある。片付けていくという表現はぴったりだった。
朝にカレーパンを1つ食べた。昼はカレーパンを2つと、明太子とクリームチーズを一欠片ずつ、あとはプロテインを200mlと、小魚の炒めものと、茄子の炒めものを食べた。それに茹で卵を食べた。ちょっとずついろんなものを食べて結果食べ過ぎになるあやふやな食事だった。
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午前11時半くらいに指輪が届いた。古い洋服のボタンを飾り付けたハンドメイドの指輪だった。僕はそれを色々と選んで先週の土曜日に6個注文していた。そのうち5個は同じ業者だった。だから箱を開けると5個の指輪か1個の指輪が入っているはずだった。僕はそのどちらなのかわくわくしながら段ボール箱を開けた。1個の方だった。ふりふりのリボンを使った丁寧な梱包で、手紙とおまけの品が入っていた。指輪よりも大きい、綺麗な黒い花のブローチだった。こういうありがたい温かみがこういうハンドメイドマーケットの良くないところだろうなと思った。僕はそれをいらないとか思ったわけではないし、素敵なブローチだった。こういうのはありがたいものだ。でもこういう文化は嫌いだった。商取引の匂いを消臭したみたいなありがとうの文化。何も言っていないのに「恩」が同封されてきたみたいだった。箱を開けた瞬間に貸し1が自動生成されたみたいだった。プラットフォームの向こう側にいるクリエイターはラッピングの時間と手書きの手紙ともう一つの(手作りの)ブローチ、それと(手作りの)本体を総体として2000円で売っている。そこからプラットフォームに何%かの手数料を持って行かれているのだろう。クリエイターはどういう仕組みで活動を回しているのだろう?採算は取れているのだろうか?
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予算に対して過剰なサービスを提供している事業者がいるなら、他の普通に営利的な事業者たちは傾向として淘汰されていく。無垢なホスピタリティに依存した不健全なマーケット。意識的・無意識的にせよ自己の削り合いをともなう我慢比べの過程。そのような過程の中で、よりいっそう商の気配はそこになくなっていく。それは「自分を売り込んでいけ」とか「無料で案件を取っていけ」とか口々に言われていた一時のクラウドソーシング市場を思わせた。それに加え、ハンドメイドのマーケットには特有の謙遜の雰囲気が流れているようにも感じられた。それは「得をしてはならない」という暗黙の共通認識だった。自己犠牲の美徳化。それは異様だが、よくあることだと思う。人の優しさに頼り、それを前提とする法人や自然人を僕はたくさん知っている。
そう考えるとなんか気持ち悪くなった。でも僕も利用者であり、それに依存して指輪を安価で享受している。僕にはそういうプラットフォームを無関係者として外側から否定することはできなかった。
届いた指輪はボタンが輪から取れていた。運ぶ途中に取れてしまったのだろう。ボタンを指輪にくっつけて売っているわけだから(溶接とかはきっとしていないだろう)、心配していたことだった。正直言うなら梱包もおまけもどうでもいいから、本体の製造をちゃんとしてほしかったが、この2000円の買い物のためにコメントするのも、それに対する返答を確認するのも嫌だった。それに悪意もないだろうし、むしろ一生懸命心を込めてやってくれたに違いなかった(それは同封された手紙が示していたことだった)。これだけのことをして2000円を受け取る製造者に対し、怒る気持ちとかもまったくなかった。だからむしろ今後のために、作り直してほしいとかは全然ないので取れてましたよとだけ伝えることが親切かなとも思った。でもそういう行動の実行は作り直しますとか返答される可能性を含んでいた。そうなると面倒になる。だから何もしなかった。ただ家にあった接着剤を使って指輪を修復した。かなり曲がって接合されてしまったが、それが一番工数がかからない。アプリにはクリエイターからメッセージが届いていた。無事届きましたとか素敵な商品でしたとか高評価のレビューをしたら喜ぶだろうなと思った。きっと心を込めて文章を送り返してくれるだろう。その文章はフォーマット生成でもない。本当に全く怒っていないし、むしろありがたいし、やっても良いなと思った。でも結局何も返さなかった。
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夕方にグレープのガムを噛んでコーヒーを飲んだ。夜は鮭と豆腐と舞茸の炒めものを食べた。
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夜9時くらいに散歩したくなって外に出た。家の中は暑かったが、外は涼しかった。でも汗をかいた肌着を着たまま外に出てきてしまったので、若干肌着がべたべたと張り付いているのを感じる。頭が重くなる感覚を久しぶりに感じた。僕はそんなつもりで家を出たわけではなかったが、350mlだけ缶の酎ハイを買って飲んだ。それを飲みながら歩いていた。たくさんの虫が寄ってきた。通っていた高校の方までずっと歩いていき、病院をぐるっと回って帰ってきた。歩いたのは1.5時間とちょっとだった。1本だけの蜘蛛の巣がくっつくみたいな感覚を腕に何度もおぼえた。その感覚の原因が何なのかわからないまま家に着いた。